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福島地方裁判所 昭和37年(わ)182号 判決 1963年2月12日

被告人 渡辺惣八

昭一七・七・四生 自動車運転者

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中五十日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和三十七年十月十二日午後八時過ごろ、予而恋仲の杉内カツ子と共に福島県信夫郡松川町字前田イのイ号地内水田附近の農道を散歩中、前方から斎藤久則(当時十六才)が原動機付自転車に乗つて来るのを見掛けたので、自己が杉内カツ子と恋仲にあることを知られまいとして一旦附近電柱の陰に隠れて右斎藤が通り過ぎるのを待つていたところ、同人は車を停め合乗りしていた野地孝重と共に杉内カツ子を揶揄したのでこれに憤激し、同所附近の水田内において右斎藤の頭部、背部等を手拳や足で十数回殴る蹴る等の暴行を加え、よつて同人に対し全治約四日を要する左肘関節部打撲擦過傷及び後頭部打撲の傷害を負わせ

第二、前記日時場所において、右被告人の暴行によつて斎藤が畏怖しているのに乗じ俄に同人の所持する時計を奪取しようという意思を生じ即座にその反抗を抑圧された同人に対し「時計をよこせ」と申し向け、即時その場で同人より腕時計一個を提供させて之を強取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法第二百四条罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第一号に、同第二の所為は刑法第二百三十六条第一項に夫々該当するところ、前者につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条により重い第二の罪の刑に同法第十四条の制限内で法定の加重なしその刑期範囲内で被告人を処断することになるところ、情状について見るに、本件は被告人より年少で体力的にも劣る被害者斎藤久則に対し一方的に且つかなり強い暴力を加えた上の犯行であつて情状決して軽くはないが、本件犯行に至つた発端については被害者側にも責められるべき点があり、その動機に同情すべき点があること、酔余の上の偶発的犯行であること、被告人はこれまで前科もなくその他被告人の年令、家庭環境等を考量すると情状憫諒すべきものがあるので同法第六十六条第七十一条第六十八条第三号により酌量減軽をなした刑期範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法第二十一条により未決勾留日数中五十日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り全部被告人に負担させる。

なお本件の公訴事実は「被告人は……逢引中の杉内カツ子が通り掛つた斎藤久則より揶揄されたのに激昂して腹癒に同人が所持していた腕時計を強取しようと決意し、前記同所附近の水田において、同人に殴る蹴るの暴行を加えてその反抗を抑圧した上「時計をよこせ」と申し向け、同人の左腕から腕時計一個を強取し、その際右暴行によつて同人に全治約四日間を要する……の傷害を負わせたものである」として強盗致傷罪として起訴されたものであるが、前掲証拠によると被告人が右斎藤の腕時計を強取しようと決意するに至つたのは、同人が負つた前記傷害の手段たる暴行々為が終了した後であつて、同人から腕時計を強取するとき及び強取後は何等右斎藤の受けた傷害に影響を与えるような暴行等は加えていない。かかる状況下になされた右傷害は強盗の機会に生じたものとはいえないと解するのが相当である。次に、弁護人は、被告人にはいわゆる不法領得の意思はなかつたから強盗罪の刑責は負わない旨主張するが、前掲証人斎藤久則の証言中「立ち上つてから被告人が時計をよこせといつたのです。それで時計をやるから勘弁してくれといつたのです。時計をとつてから被告人はべしやするなといつた」旨の供述の外前掲証拠によつて認めることのできる、被告人は斎藤から時計を奪取したことが警察に問題になることを虞れてその晩杉内カツ子と共に郡山市へ逃走している事実、同市において右時計を質入れしている事実等綜合すれば被告人は斎藤から時計を奪取する際いわゆる不法領得の意思を有していたことを認めるに充分である。時計奪取後杉内カツ子から「時計などとつてどうするんだ、返しなさい」といわれ、被告人は「明日二人で返そう」(杉内カツ子の第二回証言」といつたこと、時計を奪取する際斎藤が自ら時計を腕から外して被告人に交付した(杉内カツ子の証言、被告人の供述)事実があるとしても、これらをもつてその際被告人に不法領得の意思がなかつたとはいえない。

さらに、被告人が斎藤から時計を奪取したのは、同人に対する暴行が終了した後であり、その際には何等暴行脅迫等の手段を加えていないことは前記認定のとおりであるけれども、前掲証拠によれば、被告人が斎藤に「時計をよこせ」と言つたのは右の暴行が終了した直後のことであり、これに対し斎藤は素直に時計を被告人に交付し、その交付した心境につき斎藤は「時計はやりたくなかつたが、もつと殴られるのではないかと思つたから」と述べている点、被告人の斎藤に加えた前記暴行は優にその抵抗を抑圧するに足る強力なものであつた点等を綜合すると、その申し向けた言辞又はその際被告人がとつた行動自体同人をして通常その抵抗を抑圧するに足る脅迫を加えたものと同視すべきであり、初めから財物奪取の目的で暴行脅迫を加えて強取する場合とその評価においてこれを別異に解すべき何等の理由はない。(昭和三四・二・一一高松高裁判決刑集一二巻一号一八頁、最高裁昭和二四・一二・二四判決参照)。以上のような理由で本件強盗罪の事実を認定したものである。なお強盗致傷罪の訴因を傷害罪と強盗罪に分けて認定することは被告人の防禦権を何等害するものではないので訴因の変更手続は要しないものと解する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野保之 宮脇辰雄 軍司猛)

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